Introduction -プロダクションノート-

航空自衛隊航空救難団とは?

我が身の危険を顧みず人命救助に臨む主人公の生き様を描いた映画には、ハリウッド映画「守護神」(監督:アンドリュー・デイヴィス/主演:ケヴィン・コスナー)や邦画「海猿」シリーズ(監督:羽住英一郎/主演:伊藤英明)がある。これらはそれぞれ米国の沿岸警備隊、日本の海上保安庁を舞台にした作品。いずれも海難事故や沿岸警備を任務とする、言わば「海の警察」である。しかし、日本には海であろうと山であろうと、場所を問わず出動する救難組織がある。それが、本作品「空へ −救いの翼 RESCUE WINGS−」の舞台となる航空救難団である。

主人公・川島遙風3等空尉が勤務する航空救難団小松救難隊は、石川県の航空自衛隊小松基地に配置された航空自衛隊所属の救難隊である。航空自衛隊と聞くと意外に思う方も多いだろう。航空自衛隊は軍事組織であり、その主任務はご存知の通り、敵の侵略を航空機によって阻止すること。一般的にそのイメージはF-15やF-2といった戦闘機によって代表される。そのような戦闘集団である航空自衛隊に人命救助を専門とする部隊があることはあまり知られていないが、彼らは自衛隊機の搭乗員を捜索・救出(SAR=Search And Rescue)することを目的に組織された部隊なのである。


航空救難団の任務

1.事故航空機の搭乗員の捜索及び救助(救難業務):全国10箇所に展開する救難隊による事故航空機搭乗員の捜索救助(SAR)
2.保有機による人員及び装備品等の空中輸送(空中輸送業務):全国4箇所に展開するヘリコプター空輸隊による、航空基地とレーダーサイトなどの作戦基地間の人員・物資の局地輸送
3.救難業務及び空中輸送業務に関する教育訓練:保有航空機の搭乗員(操縦士や整備員等)、救難員の教育・訓練
4.国民の生命および財産等を守るための災害派遣:災害派遣要請を受けて実施する民生協力


航空救難団は、戦闘機を運用する航空総隊を後方支援する航空支援集団の隷下部隊で、平時にあっては事故で、有事にあっては戦闘で墜落した航空機の搭乗員のSARがその任務だが、係る事態は時間・場所・天候を問わず発生する。いかなる状況下であっても搭乗員を救出することができるよう、航空救難団は世界でもトップクラスの高性能航空機と高度に訓練された隊員を、千歳、秋田、新潟、松島、百里、浜松、小松、芦屋、新田原、那覇の全国10箇所の基地に配置している。そして「THAT OTHERS MAY LIVE=他を生かすために」をモットーに日夜、非常に厳しい訓練を実施しているのである。

航空救難団の持つ高度な救難能力は、災害派遣という形で民生協力にも生かされている。彼らは自治体の消防・防災組織や警察、海上保安庁など、他の救難組織が対処不可能と判断した場合の最後の切り札として存在し、「救難活動最後の砦」と称されている。それゆえ、彼らが出動するケースは、乱気流の吹き荒れる厳冬期の高山岳地であったり、大時化の海であったり、風雪や暴風雨の洋上であったり、月も出ていない暗夜の遠距離洋上であったり、重油や積荷の漂流する危険な海面であったりと非常にクリティカルな状況下であることが多い。
しかし、そんな高い能力を持つ航空救難団でも災害時に何時でも出動できるわけではない。災害派遣出動には満たすべき三要件と要請権者の限定といった制限がかけられている。出動の三要件とは、1.公共性、2.緊急性、3.非代替性が規定されている。「公共性」とは、公的機関である自衛隊が実施すべき任務である場合、「緊急性」とは、国民の生命に差し迫った危険があると判断される場合、「非代替性」とは、救難活動を実施する上において自衛隊以外の手段が無い場合である。
災害派遣要請権者の限定とは、自衛隊法第87条に規定される派遣要請ができる者を限定することで、その権限を持つ者は、1.都道府県知事、2.管区海上保安本部長および海上保安庁長官、3.空港事務所長、となる。なお、「空港事務所長」は民間の航空事故に対する派遣要請権者となる。
これらの制限はシビリアンコントロールの観点から設定されたもので、世界的に見ても軍事組織による災害出動には一定の歯止め(枠組み)がかけられているのが一般的である。シビリアンコントロールは軍事組織の独断専行を防止する上で重要な安全弁だが、それゆえに先に出動した他の救難組織が対処不能となってから派遣要請がなされることになる。そのために日没や天候悪化など、より困難な状況下での救出作業を余儀なくされることが多い。つまり、縦割り行政の弊害によって要救助者の救出が遅れ、最悪の場合助けられないといった事態が起こり得るのだ。現場の隊員は目前の災害とシビリアンコントロールの狭間で苦悩することになる。しかし、ひとたび災害派遣出動が下令されるや、その持てる能力の全てを投入して人命救助にあたる。それが航空自衛隊航空救難団なのだ。

航空救難団では1958年3月の創設以来、現在までの間に主任務である航空救難だけでなく、山岳救出や洋上救出、急患搬送などの災害派遣でその実力を遺憾なく発揮してきた。また、これまでの様々な大規模災害に対しても災害派遣で出動している。古くは伊勢湾台風(1959年9月)や三八豪雪(1963年1月〜3月)、新潟地震(1964年6月)、近年では北海道南東沖地震(1993年7月)、阪神淡路大震災(1995年1月)、新潟福島豪雨災害(2004年7月)、新潟中越地震(2004年10月)などに出動し、数多くの人命を救ってきた。今年6月に発生した岩手宮城内陸地震では、谷に転落したバスから乗客乗員を救出中のUH-60Jの映像がニュースに流れたことも記憶に新しいところだろう。

なお、本作品では主人公は航空自衛隊初の女性救難救助機(救難ヘリ)パイロットとの設定だが、現時点では女性の救難ヘリパイロットは存在せず、この点はフィクションである。航空自衛隊の女性パイロット第1号が誕生したのは1997年で、現在も輸送機のパイロットとして勤務している。航空自衛隊には現時点で合計17名の女性パイロットが勤務しており、航空救難団にも救難捜索機U-125Aと輸送ヘリCH-47Jに女性パイロットが誕生しているが、救難ヘリには未だ女性パイロットは存在しない。航空自衛隊でも様々な職種への女性の進出はめざましく、今後も女性パイロットの活躍の場はますます広がっていくだろう。


航空救難団の任務実績(2008年9月16日現在)

航空救難:で242件、救出人員131名
災害派遣:2,215件、救出人員:2,699名


航空自衛隊と海上自衛隊の協力により撮影された数々の迫力シーン

この映画の製作にあたっては、航空自衛隊が全面協力の態勢で臨んでいる。主な舞台となる小松救難隊(小松基地/石川県)だけでなく、浜松救難隊(浜松基地/静岡県)、百里救難隊(百里基地/茨城県)、救難教育隊(小牧基地/愛知県)等の航空救難団隷下部隊の他、第6航空団(小松基地)、第1航空団(浜松基地)が映画の撮影を支援した。さらに海上自衛隊も護衛艦「はるさめ」(第1護衛隊群/横須賀)、SH-60K哨戒ヘリ(第21航空群/館山)を撮影に提供するなど、手厚い協力を実施している。
 本映画で登場する救難救助機UH-60J(主人公の搭乗する機体)やV-107A(冒頭の回想シーンで登場する大型ヘリ)、救難捜索機U-125A(ブルーのジェット機)、主力戦闘機F-15Jといった航空機は全て実際に航空自衛隊が使用している本物が使用された。いずれも現実の任務に就いている航空機であるために訓練を行ないながらの撮影協力であったが、航空自衛隊に関わる撮影期間は2ヶ月に及び、その間、各部隊からの惜しみない支援を受けることが出来たのである。


 本映画の見どころとなる救出シーンは、本職の救難隊員が吹替えによって実際に行なっている。例えば、冒頭の回想シーンでタンデムローターのV-107Aが離島の小学校の校庭に着陸するシーンは浜松救難隊の支援の下、静岡県の天竜川上流の勝坂という山村の小学校(旧勝坂小学校/廃校)で撮影された。急病となった遙風の母親を本土の病院に搬送するためにV-107Aが飛来し校庭に着陸するというシナリオだが、この小学校の校庭は山の斜面と木造校舎、銀杏の大木に三方を囲まれ、猫の額ほどの広さしかない。さらに校舎や銀杏とローターブレードの間隔は、ブレードの先端からそれぞれ3メートルほどしかなかったが、この狭い空間にパイロットは大きなヘリをピタリと接地させたのである。
序盤で高山侑子演じる主人公・川島遙風3尉が山岳救出訓練でミスを犯すシーンや中盤の井坂俊哉演じる織田龍平1尉が剱岳で遭難者を救出するシーンは、小松救難隊の支援を受けて白山山中や剱岳周辺空域など数箇所で撮影された。空気密度の低い高山岳地ではヘリコプターでのホバリングには危険が伴う。特に本作が撮影された夏場はより空気密度が低くなるためエンジン性能が低下し、さらに困難さが増す。その真夏の白山山中で2機のUH-60Jを使用し、空中撮影した映像がふんだんに使用されている。
座礁した漁船から漁船員を救出する夜間洋上救出のシーンは、石川県の橋立漁港を借り切り本物の漁船を岸壁に繋留して撮影した。漁船の上空にホバリングするUH-60Jからホイスト降下する救難員の役は、小松救難隊の隊員が吹替えで演じた。そもそも漁船の甲板上には様々な漁具が所狭しと積載されている。そのわずかなスペースに見通しの悪い夜間に降下するには高度な技術を要する。しかし、空自救難隊はこれまでにも漁船からの急患搬送任務を実施した数多くの実績がある。荒れる日本海で波に翻弄されつつ航行する小さな漁船に救難員を下し、要救助者をピックアップしてきた彼らの面目躍如といったところだろう。
 遙風が急患搬送のため漁港の岸壁に着陸するシーンは愛知県の赤羽根漁港で浜松救難隊の支援を得て撮影された。このシーンでUH-60Jを着陸させたパイロットによれば、岸壁の余裕は左右合わせて50cm程度しかなかったという。通常の訓練ではこのような場所に着陸することは殆どないが、後日、機長は「我々はこれが出来て普通なんです。本番ではやるんですから」と胸を張って語っていた。


 金子賢演じる横須賀剛1尉と鈴木聖奈演じる勝沼碧士長が海岸沿いをバイクで疾走するシーンは石川県の千里浜海岸と片野海岸で撮影された。2台のバイクと並走するUH-60Jを撮影したのは片野海岸だが、ここは通常の訓練にも使用することから既に最低安全高度の申請(航空機の飛行には空域によって予め最低安全高度が設定されている)が為されていたため、このような撮影には最適だった。なお、このシーンは小松救難隊長自らがスティックを握ってフライトを実施した。
洋上で炎上する貨物船からの救出シーンでは、本物の貨物船を借り受け、甲板上でタイヤを燃やして黒煙を発生させて撮影を実施した。このシーンは2機のUH-60Jが救出に向かうというシチュエーションのため、航空救難団司令部が撮影支援と救難待機のための航空機を確保、さらに実際の任務発生時には撮影支援中のUH-60Jを任務に向かわせることとするなど、実際の任務には支障がでないような措置が取られたのである。
 航空自衛隊の撮影支援は救難シーンに対してだけではない。F-15JのACM(空対空戦闘機動)訓練のシーンでは、本物のF-15J(第6航空団第306飛行隊所属機)×3機に加えカメラシップとして複座型のF-15DJ(後席に航空カメラマンが同乗)が実際にフライトし、日本海上の訓練空域で激しい戦闘訓練を空撮した。また、小松救難隊所属の救難捜索機U-125Aの空撮には第6航空団第303飛行隊所属の要務連絡機T-4が使用されるなど、戦闘航空団からの協力も手厚いものだった。 航空機やクルーの提供だけではない。小松基地内は言うに及ばず、小松救難隊の隊舎や格納庫、エプロン(駐機場)での芝居もロケセットを使用せず、すべて実際の施設で撮影が行なわれた。俳優が着用するフライトスーツや識別帽、航空ヘルメット、ブーツ、サバイバルベストなどの装備品も基本的に実物か、実物と同等のものが用意された。
手塚昌明監督は企画の初期段階から、「実在しない女性救難ヘリパイロットを主人公としたことがこの作品の最大の『嘘』。だからこそ、その他の部分では嘘はつかない。徹底してリアリティを追及する」と語っていた。それは「極力実物を実際に使用する」という、単純だが難易度の高いチャレンジであった。しかし、スタッフの熱意と異例の協力態勢を敷いてくれた航空自衛隊や海上自衛隊の支援により、このような本物を使用しての撮影が実現、それによって本作品のリアリティは同種の作品の中で群を抜くものになったのである。

杉山 潔(原作プロデューサー、本映画協力プロデューサー、航空ジャーナリスト協会・会員)