Introduction -プロダクションノート-

「三億円事件」との運命的な出会い

企画の立ち上がりは運命的な出会いから始まった。
日本中を驚愕させた、「三億円事件」。その真相を大胆な解釈で描いた原作の映画化をかねてより温めていたプロデューサーが、伊藤俊也監督に話を持ちかけたのは09年5月のこと。伊藤は『女囚さそり』シリーズの生みの親であり、『誘拐報道』『花いちもんめ』『プライド 運命の瞬間』といった社会派の作品を数多く手掛けてきた名匠。その手練の演出力を期待しての指名であった。

ちょうど伊藤自身、映画界に入り50周年にあたる節目の年を2010年に控え、人生の大半を過ごしてきた“昭和”という激動の時代を総括できる題材を求めていた。三億円事件なら、それが叶う!まさに絶好の機会が訪れたのだ。自身の集大成ともいえる作品にすべく、『プライド〜』以来、ついに伊藤俊也が11年ぶりの沈黙を破る。

この熱を逃すまいと、クランクインを同年10月に定め、急ピッチで準備が開始された。伊藤監督とスタッフは、原作を尊重しつつ、独自でも事件を徹底調査。東映撮影所内に設けられたスタッフルームはおびただしい数の関連書籍、事件資料に埋め尽くされ、まるで捜査本部のような様相を呈す。そして「三億円事件の真相をついに掴んだ。ゆえに事件のいかなる研究家、好事家をも納得させる自信がある。」と監督自身が言い切る、完璧な準備を整えた。

伊藤監督と共同で脚本を手掛けたのは、TV「西村京太郎サスペンス・十津川警部シリーズ」など数多くの事件・刑事物を世に送り出し、“刑事ドラマの第一人者”と云われる長坂秀佳。長坂は映画『喜劇 三億円大作戦』やTV「刑事一代 平塚八兵衛の昭和事件史」なども手掛けており、三億円事件には縁が深い。本作でもその経験と手腕をいかんなく発揮し、警察内部の攻防や、複雑に絡みあう事件の顛末を見事に描き分け、緊迫感溢れるシナリオに仕立て上げた。

撮影の鈴木達夫は、伊藤監督と本作で初めてタッグを組む。鈴木もまた『青春の殺人者』『太陽を盗んだ男』『梟の城』『スパイ・ゾルゲ』といった錚々たる作品を担ってきた名匠。
「一緒にやるならば、若手には決して撮れない“重厚かつ艶やかな映画”を作ろう」伊藤と鈴木は、互いに独自の道を歩んできたが、1960年代から日本映画の爛熟期を駆け抜けてきた盟友でもある。なお、劇中に挿入される学生運動の記録映像は、鈴木が個人的に撮影した秘蔵8mm映像を使用している。1960年代の世相が生々しく写し込まれた映像は、三億円事件が起きた当時の時代背景をリアルに浮かび上がらせている。さらに美術の今村力、音楽の大島ミチルら、最高のスタッフ陣が集結する。


渡辺大×奥田瑛二――。新たなコンビ誕生!

渡辺大と奥田瑛二、劇中でコンビを組む二人もまた運命的なめぐり合わせであった。
渡辺は出演オファーを受けたとき、三億円事件を追う刑事役と聞いて、「父が解決できなかった事件を、今度は自分が解決することになるんだな」と真っ先に思ったのだという。というのも、父・渡辺謙が刑事役で、同じ事件を追うドラマ(「刑事一代〜平塚八兵衛の昭和事件簿〜」)を見たばかりだったのだ。さらにコンビを組むのが、映画『海と毒薬』で父と共演した奥田瑛二。奥田は言う「父子、ともにコンビを組むことになるなんて、まさに運命のめぐり合わせだね。体格にもマスクにも恵まれて、若いころの親父さんにソックリ。不思議な感じがするよ。」

伊藤監督は過去に梶芽衣子、津川雅彦、小柳ルミ子、萩原健一といった個性溢れる面々の転機となる作品を創出し、役者を育てる監督として定評がある。本作でも渡辺大に飛躍を遂げてもらうべく、厳しく指導することを宣言。その成果は本作を観れば明らかである。


あの日、本当は何があったのか?
史上初!三億円事件の一部終始を完全再現

撮影は09年10月27日クランクイン。恵比寿、両国、月島など東京都内を中心にロケが行われたが、ハイライトである三億円強奪の犯行シーンの撮影場所に、スタッフは頭を悩ませた。
本作と、過去数多ある三億円事件の映画やTVドラマとの大きな違いは、犯行の一部終始を“完璧に再現”すること。その為には一切妥協はできない。しかし、実際の犯行現場である府中刑務所周辺は、その後の開発で、当時の面影が全くない。リサーチを重ねたところ、新潟刑務所周辺が当時の雰囲気に限りなく近いことが分かり、膨大な機材を持ち込みロケを敢行する事となった。

さらには、犯人の遺留品、犯行車両等、画面に写るもの全て当時と同じでなければならない。犯人が乗る白バイにいたっては一般マニアの秘蔵コレクションを借りての撮影。こうした徹底的なリアリティ追及が、事件の真相への説得力を持つことになった。

そしてさらに撮影の士気を盛り立てるべく、犯行シーンの撮影を、実際の事件発生日である12月10日に合わせ、それを以って撮影完了と計画した。しかし、あいにく10日は雲ひとつない快晴、ドシャ降りの雨だった事件当日の再現は不可能となってしまい、やむなく次の日に持ち越しとなる。