角川映画オススメシネマ映子の部屋-EIKO's ROOM-

今月のピックアップ・バックナンバー

今月のピックアップ・バックナンバー

第49回「『大映70周年記念特集〜我が心の大映』序章 大映から角川書店への歴史」

大映が創立されたのは1942 (昭和17) 年1月27日。当時の名称は「大日本映画製作株式会社」、略称が「大映」でした。大映創立の発端は、泥沼化した日中戦争、避けがたいアメリカとの対決を控え、戦時の企業統制の波が映画界にも及んだことに始まります。当初の政府案は、映画会社を2社(松竹・東宝)に限定する方針でしたが、後に大映社長となる永田雅一を中心とした映画人が反発して3社案を提唱、その結果生まれたのが新興キネマ、大都映画、日活の製作部門を統合した大映です。そして同年5月に大映第1作『維新の曲』を公開します。創立時は、七剣聖と呼ばれた時代劇スターのうち、阪東妻三郎・片岡千恵蔵・市川右太衛門・嵐寛寿郎・月形龍之介と5人を擁しました。


戦後に社名を「大映株式会社」と改称、そして永田雅一が大作家・菊池寛からバトンを受けて社長に就任します。大映が改称した1945 (昭和20) 年に角川書店が創業します。1949 (昭和24) 年、バンツマら5人のスターと入れ替わりの形で七剣聖の残りの2人、長谷川一夫・大河内伝次郎が所属し、京マチ子が大映デビューを果たします。1951 (昭和26) 年に『羅生門』(’50)でヴェネチア国際映画祭の金獅子賞を獲得、以後『雨月物語』(’53)・『地獄門』(’53)・『山椒大夫』(’54)などが海外の国際映画祭で高い評価を得て、各賞を獲得していきます。
その後も、長谷川一夫を中心に、男優では市川雷蔵・勝新太郎・田宮二郎らのシリーズ作品、女優では京マチ子・山本富士子・若尾文子らの文芸作品などでヒット作を連発。スタッフでは、伊藤大輔・森一生・三隅研次・田中徳三・池広一夫といった京都撮影所時代劇のベテラン・俊英揃った監督陣、東京撮影所では溝口健二・吉村公三郎・市川崑・増村保造といった現代劇のモダニスト監督陣が揃い、撮影監督には世界的巨匠・宮川一夫が控えていました。
しかし、映画界の斜陽に追い討ちを掛けるように、溝口健二、市川雷蔵の逝去、山本富士子、田宮二郎の退社なども影響し、1971 (昭和46) 年に永田雅一が率いた大映(通称「永田大映」)は破産宣告をします。

しかし、大映は不死鳥の如く復活します。1974(昭和49) 年、労働組合と徳間書店と経営再建で合意し、徳間書店傘下の子会社として「大映映画株式会社」が設立(後に「大映株式会社」と社名変更)。翌75(昭和50) 年に『金環蝕』を新生大映第1品として公開。時を同じくして、翌76(昭和51) 年に角川書店は角川映画第1作として『犬神家の一族』を公開、文庫と映画の連動が大ヒットを呼びました。
そして、2002(平成14)年に徳間書店が角川書店に大映の営業権を譲渡し、「株式会社角川大映映画」が設立されます。2004(平成16)年、角川書店の映像部門と再編、その後社名を「角川映画株式会社」とし、「大映」が社名から消滅。2011(平成23)年、角川映画は角川書店に合併され、現在に至ります。

今月ご紹介した『維新の曲』『羅生門』『雨月物語』『地獄門』『山椒大夫』は11月23日から角川シネマ有楽町で始まる記念特集上映「映画は大映」で上映されます(詳しくは、こちら)。
“大映が発足してから70年、大映作品を継承した角川書店がたぎる情熱と渾身の力をこめてお届けする「大映70周年プロジェクト」、「大映70周年プロジェクト」(詳しくは、こちら)。ご期待ください!”
引用符括弧部分(“”内)は、昭和の名調子ナレーションの如く、一本調子で音読してください。

維新の曲

製作年:1942年

激動の幕末を豪華スターの競演で描く、大映創立第1回超大作!

羅生門 デジタル完全版

製作年:1950年

映画史上に燦然と輝く日本映画の至宝! 黒澤明監督の代表作

雨月物語

製作年:1953年

幻想と幽艶に彩られて花ひらく映画美の極致!世界映画史上に不滅の光芒を放つ、日本の生んだ名監督溝口健二の傑作!

地獄門

製作年:1953年

「羅生門」を凌ぐ激情と昂奮!「源氏物語」に勝る豪壮華麗!加えて眼を奪う鮮烈の色彩!総力を挙げて世界に贈る…イーストマン・カラー大映第一回総天然色映画

山椒大夫

製作年:1954年

厳しくも哀しい人間愛をテーマに、巨匠・溝口健二が重厚な演出で描く最高傑作!