天保水滸伝 大原幽学
平手造酒が斬る!大原幽学が走る!天保の大利根に生きた豪快な男たち!
Story -ストーリー-
ピアフラの悲劇を凌ぐほどの大飢饉が、約百四十年前日本全土を覆った。数年間続いた冷害のあとだったので食べるものが何もなくなり、人が人を殺して食うような惨状が起きた。いわゆる天保の大飢饉である。
農村では、執拗に厳しい年貢のため、土地を失ない放り出される農民が増え、相ついで一揆が起きていた。こんな中で、房総利根川周辺一帯は、産業資本をバックにして十手を預かって権力を振り回す飯岡の助五郎と、新興やくざの笹川の繁蔵の二大勢力が争い、博徒の巣窟と化し、一大無法地帯の観を呈していた。
反面、利根川周辺の農民たちは、全国的な飢饉と共に、宿命と云われる利根川の相つぐ洪水により、貧困と絶望が渦巻いていた――。
ここ長部村でも、農民たちの無力な生活が続いていたが、この村は少しづつ変革が起こっていた。この地に住み続けていた大原幽学の手によって、農業改革が始まっていたのだ。
だが、農民たちが幽学の教えに従い村造りに励む一方では、助五郎、繁蔵による農民相手の博奕は止まず、足が抜け出せないでいる農民たちから執拗にテラ銭を巻き上げていた。
ある日、借金のために娼婦に身を堕しながらも亡父を慕い、農民の生活に執着する女、たかがこの村に帰ってきた。
昔なじみの客の一人平手造酒の強引なひき止めにもかかわらず、たかの決意は堅かった。「雨の降る日も蓑笠をつけて、夫婦で野良へ出る味は知らねけもんには分からねえべが…」
幽学のおしえを説かれても。あらゆる逆境の中で生き抜いてきたたかにとって、その心は固く閉ざされていた。
「下手に庇い合えば人は腐る。バカや腑抜けは泣けばいい…!」
たかの辛い体験から生まれた言葉は、幽学の胸を突き刺した。幽学たちの懸命な説得にも応じないばかりか、村の農民を手玉に取って春耕作を始めた。
村人たちの反感は広がり、「村中の助平男をおそそ払いでこき使っている…」などと噂が立ち、嫌われ者になっていた。
とり入れに忙しいある日、村に事件が起こった。
助五郎の子分にだまされ、博奕の借金返済に追いつめられた農民たちが、村請の米を盗んでしまう。
「組むも助け合うもねえわ。屑だで!」
たかは吐きすてた。泥棒の一人はたかの父長兵衛だった。
この農民たちは寄合で村八分ときまった。幽学にとっても衝撃は大きかった。だが、一度は心が揺れ動いたものの、
「人を捨てては身が立たぬ」
自分の教えの言葉に我に返った。
祭りの日、太刀を持った幽学は助五郎と繁蔵の開帳する博奕へ単身のりこんだ。農民たちを引きずりだし、
「真人間になれ…真人間になれ!」
涙を流しながら彼は叫んだ。
かねてから幽学の言動に目を光らせていた関八州の役人は、この騒動をたてに容赦ない取締りにでてきた。
田畑、家財を売り払い、借金のため首がまわらなくなってまで、幽学と労苦を共にしてきた名主、良左衛門に、
「人には本当に屑はないのでしょうか…?」と問われ、幽学は詰まった…。が、
「人には屑はない!隣りを捨てては人は立たぬ。人にゆきわたってこそ真は生きる。俺はこの三つから終生離れることは出来ぬ」といいきかせた。
しかし、彼は心の中ではこの長部村から離れる時が来たと感じていた…。
翌朝、貧しい旅装束の幽学は、名主の家から出た。
だが、幽学の行く路を壁のように農民たちが立ち塞いでいた…!
「どこへ行く先生!…どこへ行くんだ」
その農民の人波の中には、屑百姓やたかの顔もあった…。