Introduction -プロダクションノート-

時代的バックグラウンドについて

本作で描かれる1910年7月から12月までは、孫文がペナンに滞在していた時期だ。孫文本人だけでなく、彼が指揮していた革命そのものが最も低迷で難しい局面を迎えていた。又、孫文の活動の歴史的記載が最も少ない時期でもある。しかし逆境にあったこの時こそ、孫文にとって大きな革命への力が貯えられていった。
同盟会が決起を起していたこの期間は、中国全土が非常に不穏な時代でもあった。

中国文化が融合した理想の世界

100年前の南洋は、中国の伝統的教育と西洋の植民地文化が溶け合っていた。当時のペナンの華僑たちが身に纏っていた雰囲気は人々を魅了する。彼等は一方では中国の伝統的教育の薫陶を受け、“度”を以って人と付き合った。この“度”が中国人たちの物言いと振る舞いを遠慮がちにし、親しい仲にも距離を、疎遠の仲にも親密さを漂わせた。彼等は多くの言葉を用いずとも、精神的に相通じることが出来た。又一方では西洋文化の影響の下、中国人は直接的な率直さも身につけていった。それは特に若い世代に顕著だった。このような時期と地域で、人々は自重し、人と人との関係は曖昧に、所謂中国人が言うところの「君子の交わり」が生まれていた。微妙な立場での目配せと微笑・・・。南洋のエキゾチックな舞台を背景に、こうした中国文化が一つの昇華点に到達している。
1世紀前のペナンは、あらゆる人種が交錯し、東洋の文化が混在していた。人々が醸し出す虚虚実実の態度はそうした中で琢磨され続けた。それは、最早遥か夢幻の中の国家だ。けれど我々はそのノスタルジックできらびやかな影を想像し描き出すことが出来る。一切が真実と言うわけではない。けれどフィクションと現実の距離が、却って“往事”の独特の雰囲気を作り出している。

中国の民族精神を描く

中華文化は数千年の歴史を経てきている。だが現在の豊かで物質的生活の中で、それは薄れてきてしまっている。私たちが他の民族の団結と求心力に感嘆するとき、そう遠くない昔に、我々の民族精神が中国人の団結と邁進を鼓舞してきた事実を思い起こすべきだ。
以前若者を対象に「最も尊敬する中国人」のアンケートを行ったとき、孫文の名がトップに掲げられた。これは現代人の最も直接的な心の声の表れだ。中国人の心の奥底で決して消えることの無い民族精神の呼び声だ。つまり、孫文とは、まさに中国文化の精神と、民族精神の体現なのだ。彼の闊達とした処世術、決して利口ぶらない深遠さ、理想を実現させるまでの不屈の精神、困難に対する落ち着き・・・。これらのことが彼を中国の歴史上、最も魅力的な人物とせしめた。そして、彼の人格的な魅力は、人生最大の失意喪失の時期にこそ、最も煌いたのだ。彼の民族覚醒意識と、当時の華僑の中にあった捨てきれない中国文化の精神が、ここにぶつかり融合し、民族団結の精神の火花を生み出した。この精神は今も昔も我々の励みであることに間違いはない。

その男は革命に生きた

孫文―――彼は、広く知られる偉人の一人だ。彼の反逆の精神は、当時の中国統治者への転覆だけではなく、人生の懊悩そのものを体現している。本作では、新しい角度から彼の生き方、理想、処世術、人生に対する態度に光を当てた。これは“全く新しい” 孫文のイメージだ。彼は自分の弁舌だけで反逆を行い、死の恐怖さえ厭わなかった。彼は人の精神的境地の最高点にまで到達し、それを見破りさえした。この類まれなる男は、金の如く閃く思想を持っていた。彼の知恵と慧眼は、現在、そして未来においても決して磨耗することが無い。

孫文の革命は、彼女の革命でもあった

陳粹芬(チェン・ツイフェン)―――彼女は孫文の傍に鮮やかに存在した一人の女性だ。彼女に関する歴史的記述は少ない。彼女は1892年19歳の時に孫文と知り合い、その後1912年までずっと彼の傍に付き従った。
苦しい孫文への追随は、果たして革命のためだったのか、愛情のためだったのか…。それは彼女自身区別することの出来ない感情だったろう。けれど彼女はこれだけは知っていた。革命なくして孫文はなく、孫文を愛することは、すなわち革命を愛することだった。つまり、孫文の革命は彼女の革命で、孫文の苦しみも又彼女の苦しみだったのだ。チェン・ツイフェンは孫文に従った20年間、何の名誉も利益も求めなかった。彼女は穏やかな包容力を以って、私たちに何が本当に偉大なのかを示してくれている。

中国史上最大の融資を実現させた、孫文の弁舌

孫文は資本力や権力や武器ではなく自分の弁舌だけで、海外華僑を説得し動かした。華僑の企業家たちは、彼の事業のため、再三に亘り投資、融資、献金を行った。自らの財産が傾いてしまうことすら惜しまずに・・・。日本でも、映画会社日活の創始者・梅屋庄吉や革命家・宮崎滔天、実業家・渋沢栄一ほか孫文を様々な角度から支援する政治家、資本家、文化人などが後を絶たなかった。
今日において、彼の人間的魅力と弁舌の才能に、はたして誰が匹敵するだろうか?

孫文 -100年先を見た男- 孫文 -100年先を見た男-