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Introduction -プロダクションノート-
すべてのはじまりは、フェデリコ・フェリーニだった。
舞台から映画に進化した“NINE”
1963年にアカデミー賞®を受賞した傑作『8 1/2』は、フェリーニの他作品と同様にイタリア映画の官能的な世界の中に生きる夢を世界中の人々に見せてくれる。
アーサー・L・コピットの原案、モーリー・イェストンの音楽と作詞によるブロードウェイ版「NINE」はフェリーニの虜になった若いアーティストの手ではじまった。まだ10代だったイェストンが『8 1/2』を初めて観て、猛烈にその魅力に取りつかれたのだ。月日を経て、1970年代にエール大学で音楽を教えるかたわら、イェストンは『8 1/2』を映像主導のストーリーからさらなる広がりをみせるミュージカル舞台へと変化させ、最終的にはローマに赴き、フェリーニと会ってじかに本人からのお墨付きを手にした。
創作の危機を迎えたひとりの男と彼にまつわる女、精神的願望、創造的充足感との葛藤を描いたフェリーニの物語に、さらに音楽とダンスを加えるのならば……作品のタイトルも『8 1/2』から『NINE』にするべきだとイェストンは決断した。
1982年5月2日、46番地にあるストリート・シアターで初演された「NINE」は瞬く間に大ヒットを記録。トミー・チューン演出の「NINE」はひとりの男と女性の持つパワーと強さ、美しさのあらゆる側面をそれぞれに体現する24人の女優が登場するという珍しい組み合わせの舞台となった。上演回数は729回を数え、当時必見の舞台と評され、独創的で鮮やかで、ハイスタイルなデザインと聞き惚れるほどのミュージカルナンバーで観客を魅了。同年のトニー賞®5部門を受賞した。「NINE」の魅力はそれで収まらず、ブロードウェイでリバイバル上演が行われ、さらにトニー賞®を2部門受賞。世界各地へのツアーが行われ、各国で独自に上演された。
とはいえ、「NINE」はさらに新たな芸術の形へと進化を続ける――原点とも言うべき媒体、すなわち映画に回帰したのだ。映画化のアイデアはロブ・マーシャルとハーヴェイ・ワインスタインが『シカゴ』に次ぐ企画を探していたことからはじまった。『シカゴ』は、音楽とダンスをドラマにブレンドさせた革命的な作品として、アカデミー賞®作品賞を含む6部門を受賞。その間にマーシャルは『SAYURI』も手がけ、2006年にはワインスタインとの共同による次のプロジェクトが『NINE』になると発表している。
フェリーニがモーリー・イェストンに全幅の信頼を寄せ、「NINE」のために『8 1/2』を好きなように使用する許可を与えたように、今度はイェストンがロブ・マーシャルに新たな息吹を吹き込もうとしている『NINE』映画化に向けて創作の自由を提供した。「ロブには映画の可能性を生かすためにも、私の舞台を自由に脚色して変化させてもらいたいと思ったんだ。文字通り、ロブにはこう言ったよ。『私はもういないものと思ってくれていい。なぜなら君はこのプロジェクトに対して完全に自由にアプローチするべきだし、全身全霊を注ぎこまなくてはならないからね』とイェストンは語る。
マーシャルとワインスタインは『NINE』を彼ら独自の音楽アリのドラマにするために、ふたりの脚本家を迎え入れた。ひとりは脚本家/監督のマイケル・トルキンで、もうひとりは自身もイタリアからの移民の息子であり、イタリア映画をこよなく愛していた故アンソニー・ミンゲラだった。ミンゲラは撮影開始を前に他界。『NINE』が遺作となった。
脚本家たちを迎え入れるのと同時に、マーシャルはハリウッド内外で主演女優のオーディションを開始した。マーシャルは常々、脚本はキャストを前提として執筆されるものだ、と確信していたからだ。この間もイェストンはマーシャルに、「いつでも必要なときは私を呼んでくれ」と声をかけていた。そして初会合から3週間後、イェストンもついにプロジェクトに合流。マーシャルとデルーカと再会してすぐに、ピアノを囲んで新たに3曲のスコアを作曲することになった。
このアイデアはイェストンを大いに刺激した。「舞台版の「NINE」には現実をベースにした曲が数曲ある。それを、グイドの脳裏に存在する空想を歌にするという映画のコンセプトに沿うように、改作する必要があるという話になったんだよ。つまり、映画用に新たな曲が必要だったということ。これはこの映画のために私自身が自分の仕事を再考するチャンスだったね」とイェストンは言う。
新たに作られた曲はソフィア・ローレンが歌うララバイ“Guarde La Luna”、マリオン・コティヤールのパワフルな曲“Take It All”、そして、ケイト・ハドソンが歌う “Cinema Italiano”だ。
そしてイェストンは「ロブ・マーシャルとジョン・デルーカと共に『NINE』を手がけるのは、私のクリエイティブな人生の中で最も満ち足りた、刺激的で歓迎すべき体験だったよ」と付け加えた。
ハーヴェイ・ワインスタインが締めくくる。「『NINE』は時代を超えた傑作だ。映画史に名を刻む、最も高尚な映画作家のひとりであるフェリーニにインスパイアされ、トルキンとミンゲラのドラマチックな脚本とロブ・マーシャルとジョン・デルーカの生き生きとした演出によって、新たな命が吹き込まれた1作になった。ロブ以上に舞台や曲をセクシーでエキサイティングなものにできる人などいないだろうね。そこに素晴らしいキャストが集結して、観客がこれまでに観たことのないような作品が完成したんだ。この物語を映画化するのに、ロブ以上の逸材がいるとは思わないよ」
ロブ・マーシャルの『NINE』ができるまで
「映画『NINE』はまったく新たに作られた1本の作品だ。ロブ・マーシャル独自のビジョンのおかげで独創的な作品への道筋を辿ることになったんだ」と語るのは、映画とブロードウェイのベテランでプロデューサーのマーク・プラットだ。
「ロブの経歴は実にユニークだ。彼はダンサー、振付師として舞台の世界で活躍し、その後演出家まで上りつめ、それから映画監督になっている。『NINE』はひとりの映画監督の物語であり、映画について、創作について描いた作品でもある。クリエーターであるロブにとって、非常に親近感を覚える作品なんだ。彼は映画とは何か、その歴史や伝統、演出に必要となる技術的な面、その美学まで、十分に理解している男だからね。それに彼はミュージカル舞台の世界で生きてきただけに、音楽が物語をどう動かしているのかを知っている。音楽とダンスの要素、ストーリーテリングとデザインが継ぎ目なく一体となるのがどんなことかを熟知している。それだけに『NINE』はロブにとってまさに最適の作品だったんだよ」
