旭山動物園物語 ペンギンが空をとぶ

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「寝ずの番」「次郎長三国志」に続くマキノ雅彦監督第3作!
あの感動のサクセスストーリーが遂に初・映画化!!

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Staff -スタッフ-

監督
マキノ雅彦 

1940年生まれ、京都府出身。祖父に“日本映画の父”牧野省三、父に沢村國太郎、兄が俳優の長門裕之、父亜k他の叔父叔母に加東大介、沢村貞子、母方の叔父がマキノ雅弘監督、マキノ光雄東映専務という文字透り芸能一家に育つ。5歳で坂東妻三郎主演の『狐の呉れた赤ん坊』に映画初出演、14歳で溝口健二監督の『山椒大夫』等、数多くの映画に出演。映画『狂った果実』(56)で津川雅彦として正式デビュー。以来俳優として実績を重ね、東陽一の『マノン』でブルーリボン助演男優賞を初受賞、『マルサの女』で日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞するなど、数々の伊丹十三作品で強烈な存在感を示した。そして、『別れぬ理由』(98)、で毎日映画コンクール主演男優賞を受賞し、『プライド』(98)で日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞するなど日本映画界を牽引する俳優として活躍。
また、叔父マキノ雅弘から監督名として「マキノ」姓を名乗る許可を得て、映画『寝ずの番』(06)、で鮮烈な監督デビューを飾り、見事大ヒットを収める。続く監督第二段では、天才マキノ雅弘監督の人気時代劇『次郎長三国志』(08)に挑戦し話題となる。
そして俳優としても『落語娘』(08)に出演するなど、役者、監督として日本映画界になくてはならない存在である。

〜監督からのメッセージ〜
ずっと、あたためて続けてきた念願の作品。
野生の素晴らしさを描くと同時に、人間の素晴らしさも伝えたい。

旭山動物園の動物の見せ方の面白さを「ドキュメント」で見て、この動物園物語を映画化したいと閃いた。2006年1月、ドラマで園長役の仕事をもらったのをきっかけに、初めて小菅園長に会い、やはり園長と飼育係達は凄いと思い、その場で映画化の希望を伝えた。行動展示という発想の裏には、尋常ではないプロセスがあるに違いない。動物園に何度も足を運び、小菅園長、坂東副園長、飼育係の方々との交流を深め話を聞くうちに、野性を愛する彼らのユニークな人間性にふれ、この映画のテーマを発見することが出来た。野生動物は、種を保存するために弱肉強食の本能を貫くが、人間だけは、弱い者を活かすことができる叡智を持つ。動物園革命「行動展示」によって活き活きと輝く動物達の凄さと、飼育員達の素晴らしさを描いた。『旭山動物園』のテーマは日本の最北の旭山から発信する「命の輝き」と「命の平等」。今、『旭山動物園』はアメリカ発のディズニーランドに勝る、世界に誇るテーマパークなのだ。

マキノ雅彦

原案
小菅正夫著 

1948年生まれ、札幌市出身。北海道獣医学部卒。1973年旭山動物園に獣医として就職。その後飼育係長などを歴任し、1995年園長に就任。「親子動物教室」「夜の動物園」などの斬新な企画を連発し、一時は閉園の危機に立った旭山を再建し、日本一の入場者を誇る動物園にまで育て上げた。
2004年には「あざらし館」が日経MJ賞を受賞、現在では経済界からも注目されている。人間の暮らしを考える「石狩川水系淡水生体館」実現が最後の夢である。

〜小菅園長からのメッセージ〜
3年前にマキノ監督が動物園に来られて、映画の話をされました。それから私と仲間のスタッフがしたことは、監督の周りに集まり、自分が見てきたこと、やってきたことなど、昔話を楽しく喋っていただけなのです。それを監督がこのようなドラマにしてくださいました。来園者にはなかなか分からない、我々がただただこれまでやってきたことを多くの人に見ていただくのは照れくさい気もします。でもその一方で、我々が旭山動物園にかけてきた熱い想いをわかっていただけたらと、ちょっと嬉しいかな、という気持ちもあります。

 私は2009年の3月で定年になります。西田敏行さん扮する園長が動物園を去るシーンの撮影を見させていただきましたが、どうしてもその姿が自分に重なってしまうんです。私が西田さんの中に入っていく寛治で、涙なくしては見れませんでした。そういう意味で、この映画は卒業記念のような気がして、非常に光栄なことだと思っています。

小菅正夫著

脚本
輿水泰弘 

1960年生まれ、埼玉県出身。大阪学芸大学卒。フリーのコピーライターを経て93年、テレビドラマ『La cuisine』で脚本家デビュー。以来、テレビドラマの脚本家として活躍。土曜ワイド劇場『相棒 警視庁ふたりだけの特命係』(00〜01テレビ朝日)、『相棒』シリーズ(02〜テレビ朝日)、『名古屋仏壇物語』(02 NHK)、『菊次郎とさき』(03〜テレビ朝日)など。映画の脚本は今作が初めて。

作詞・作曲
谷村新司 主題歌「夢になりたい」 

1971年、堀内孝雄とアリスを結成。1972年3月「走っておいで恋人よ」でデビュー。5月に矢沢透が参加。「冬の稲妻」「チャンピオン」など数多くのヒット曲を出し、1981年に活動停止。ソロ活動としては、「いい日旅立ち」「昴」「サライ」など、日本のスタンダード・ナンバーともいえるヒット曲を世に送り出す。長年に渡りライフワークとして続けているアジア諸国のアーティストとの交流、そして若手の育成に貢献し、その発表の場作りに尽力している。2004年に上海音楽学院の教授に就任。
主題歌「夢になりたい」は津川雅彦が1990年に谷村新司・西田敏行・堺正章・奥田瑛二・北島三郎らと結成したサンクスの会のために書き下ろした曲。当時、CDリリースなど一般へは公開されなかったため今回が初お披露目。