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今月のピックアップ・バックナンバー

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第38回「偉大なる職人監督・森一生」

今年は大映を代表する監督のお一人、森一生監督が生まれて100年になります。今月は森監督の略歴とともに、おススメする作品を紹介します。

森監督は、1911年に愛媛県松山市で生まれました。33年日活太秦撮影所に入社し、34年に第一映画社、続いて36年に新興キネマへ移籍します。同年に監督昇進。42年には、新興キネマ・大都映画・日活の製作部門の戦時企業統合により生まれた「大日本映画製作株式会社(大映)」に移籍しました。ここで長谷川一夫・市川雷蔵・勝新太郎ら大映のスターが出演する時代劇を中心にメガフォンを取り、大映を代表する監督として活躍。大映倒産後はテレビ界にも進出、「木枯し紋次郎」・「座頭市物語」などを演出し、89年に永眠されました。

森監督の監督デビュー作は『仇討膝栗毛』(’36)。我が社が保有する原版のうち、最も古い作品がこの作品になります。

コ森監督は、市川雷蔵出演作を一番多く撮った監督でもあります。その数はダントツの30作品。しかし雷蔵主演作を撮ったのは意外に遅く、雷蔵がデビューして2年後に公開された『あばれ鳶』(’56)が初めて。森監督は雷蔵の代表作も数多く作っていますが、特におススメしたいのは『ある殺し屋』(’67)。寡黙な殺し屋を雷蔵が熱演、口数が多く打算的な若者役を演じた成田三樹夫との対照的な描き方が印象に残ります。

また、勝新太郎出演作の演出も数多く、田中徳三監督の25作品に次ぐ24作品でメガフォンを取っています。それまで役者として伸び悩んでいた勝新太郎が、アウトローヒーローを演じられるスターへのターニングポイントとなった作品『不知火検校』(’60)の監督も務めました。

大映のシリーズ作品も多く撮っていますが、『大菩薩峠 完結篇』(’61)、『新・悪名』(’62)、『続・座頭市物語』(’62)、『新忍びの者』(’63)、『陸軍中野学校 雲一号指令』(’66)と、何故かシリーズ登板2番目の監督として登場することが多かったです。ところが、雷サマ最大の当たり役と言われる「眠狂四郎」シリーズの登板は、雷サマの死後に公開された松方弘樹主演の『眠狂四郎円月殺法』(’69)のみ。森演出による雷蔵の狂四郎も是非見てみたかったです…。因みに大映の名キャメラマン・宮川一夫も、「眠狂四郎」シリーズは1本も撮影していません。

森監督は黒澤明脚本作品も2本手掛けています。東宝に招かれて演出した『荒木又右衛門 決闘鍵屋の辻』(’52)では、そのリアルな殺陣がその後の黒澤映画の殺陣に影響を与えているとも言われています。『日露戦争勝利の秘史 敵中横断三百里』(’57)では、戦前の人気小説だった山中峯太郎の原作をダイナミックに撮り上げました。

森監督の遺作となった『座頭市御用旅』(’72)では、シリーズの中でも特筆する、ドライなラストカットを演出し、最後までその冴えを見せてくれました。

今月ご紹介の作品の内、『ある殺し屋』、『不知火検校』、『大菩薩峠 完結篇』、『新・悪名』、『続・座頭市物語』、『新忍びの者』、『陸軍中野学校 雲一号指令』、『日露戦争勝利の秘史 敵中横断三百里』は、弊社からDVDが発売されています。
また、6月21日(火)から東京国立近代美術館 フィルムセンターで、「生誕百年 映画監督 森一生」という森監督の特集上映があります。上映の機会が少ない『あばれ鳶』など、大映初期の作品も上映されます。上映作品の詳細、場所などはHP (http://www.momat.go.jp/FC/NFC_Calendar/2011-7/kaisetsu.html) でご確認ください。
はっきりしない天気が続く梅雨ですが、この機会に森監督の作品をじっくり見てはいかがでしょうか?

仇討膝栗毛

製作年:1936年

大映を代表する森一生監督、幻の監督デビュー作!

あばれ鳶

製作年:

銀幕も焦がす猛火の中で、まといがあばれる、鳶口が飛ぶ!
江戸一番の人気者、は組の源太の恋と意地!

ある殺し屋

製作年:1967年

俺の殺しに指図は無用! プロに徹した殺し屋が見せる恐るべきテクニック!

不知火検校

製作年:1960年

手さぐりで女をくどき、金をゆすり、人を殺す!
悪の限りを描き尽くす異色の時代劇

眠狂四郎 円月殺法

製作年:1969年

悪い奴らを斬りまくる。
松方狂四郎、新円月殺法の登場だ!!

日露戦争勝利の秘史敵中横断三百里

製作年:1957年

日露戦争勝敗の鍵を握って露軍百万の真っ只中を突破する、挺身斥候隊の決死行!